買い物袋を床において手を洗っていると、ちいさく電子音がする。
あれ、電話だ。
と思ってテーブルの上の携帯を見たけれど、着信はない。
なのに電子音は止まっていなくて、だからわたしは水道の蛇口を絞める。
きゅ
急にキッチンは静かになって、電子音だけが聞こえてくる。
ぴぴぴぴぴぴ
電子音はどうやら買い物袋の中からしてくるようだ。
ひとつひとつ袋から品物をとり出して確かめる。
牛乳2本、スパゲッティ、醤油、レタス(半分)、キュウリ、トマト、ツナ、ひき肉。
ぴぴぴぴぴぴ
どれも電子音なんて発していなくて、わたしは途方にくれる。
袋を逆さまにして持ち上げると、隠れていた茄子がごろりと出てきた。
つやつやして、ほとんど優雅な様子をしている、とても立派な茄子だ。
ぴぴぴぴぴぴ
その茄子から電子音がする。
慎重にヘタをつまんで、わたしは茄子に顔を近づける。
ぴぴぴぴぴぴ
電子音はまだ鳴り続けている。
ああ、そんなに大切な用件なんだ、と思って、
わたしは急いで茄子を右手で掴む。
ぴぴぴぴぴぴ
何しろつやつやしているものだから、
茄子はつるり、とわたしの手から逃げ出して、床を滑ってゆく。
ぴぴぴぴぴぴ
するとどういうわけかキッチンは長い長い緩やかな坂になっていて、
茄子は電子音を発しながら、どこまでもどこまでもそこを優雅に滑りおりていく。
ぴぴぴぴぴぴ
わたしはカートゥーンのような様子で右手を前に差し出しながら、
どこまでもどこまでも、優雅に先を行く茄子を追いかけていく。
ぴぴぴぴぴぴ
いつのまにか、わたしは、その音が止まったら死んでしまうのだ、と信じている。