「退屈」
「そうね」
「そうねって、未智は本読んでるじゃない」
「あら、読みながら退屈してるの」
「器用ね」
「そう?でも、退屈を紛らわすためにドミノをしたって、やっぱり退屈でしょう」
「わたしはジェンガのほうが好きだな」
「倒すのが好きなのね」
「違う、崩すのが好きなの」
「同じことじゃない」
「ぜんぜん違うわ。違う単語だもの。アリバイを崩すのと犯人を倒すのって違うことでしょ」
「どっちかっていうと、犯人って捕まえるものじゃないかしら」
「なら倒してから捕まえればいいじゃない・・・いる?どうぞ」
「ありがと」
「あれ、これメロンかと思ったら林檎だった」
「う・・・白いから檸檬だと思ったのに」
「え、白っていったら普通は薄荷だと思うけど」
「檸檬の果肉だって白いじゃない」
「グレープフルーツだって白いわ。飴はあんまりみないけど」
「歯磨き粉も白かったわね、そういえば」
「喉には良いんじゃない」
「歯磨き粉の話?」
「薄荷の話」
「なんだ、やっぱり歯磨き粉の話じゃない」
「水飴と一緒に煮たら飴になるかな」
「ガムに混ぜたら?」
「もうあるわ」
「グレープフルーツ味のガムが?」
「檸檬味のガムだってあるわよ」
「まあ、なんでもあるのね」
「うんざりするくらいね」
「うんざり?」
「ぐったり」
「塩でも飲めば元気になるんじゃない?」
「考えただけでも喉が痛くなるなあ」
「痛くなったら歯磨き粉飴でも舐めたら?」
「なんだかざらざらしてそうね、それ。私は薄荷のほうがいいな」
「もう舐めちゃったわよ」
「そう、だったら塩はやめとく」
「じゃあ、代わりに砂糖でも飲む?」
「そうね、ミルクと珈琲たっぷりで」
「私は紅茶とミルクにしようかな」
「ビスケットはいかが?」
「いただきますわ」
「太陽は?」
「太陽はいちばん高いところに昇っていて、みんな何だか白っぽくみえる」
「鳥は?」
「鳥は電線にもとまっていないわ」
「地面は?」
「道路。とまれの「ま」の上に立っているの」
「匂いは?」
「水の匂い。藻の浮いた水。それと排気ガス。草。どこかの家」
「音は?」
「静かよ。でも、音がしないんじゃない。聞こえているけど聞こえていない」
「蝉は?」
「もちろん蝉は鳴いているわ」
「車は?」
「どこかを走ってる。バイクも」
「人の声は?」
「テレビの音、運動部の音。笛の音。走ってる音」
「風は?」
「草が揺れる音。草が揺れる時に出る音。耳元を通る音」
「夏なのね?」
「そう」
「夏の、暑い時間」
「そう」
「・・・ねえ、伝わった?」
「ええ」
「伝わった?本当に?本当にちゃんと伝わったの?」
「ねえ、これはなんだと思う?」
「栞」
「わたしも栞だと思う。未智はそれじゃ不満なの?」
「うーん」 「・・・それって反則じゃないかしら」
「あら、ルールなんてあったんだ」
「あーあ、なんだか死んだくらげみたい」
「くらげ?」
「アメーバ」
「アメーバ?」
「輪郭が無いってこと」
「気にしたら負けなのよ、そういうのは。『信じる者は救われる』」
「『信じぬ者は救われぬ』」
「『聖なるかな』」
「『聖なるかな』」
「『アーメン』」
「『アーメン』」
「・・・ねむたくなったらでしょう」
「そうじゃなくて、時間帯の話」
「梟は夜行性だって、本で読んだことがある」
「じゃあ、朝寝るのね?」
「そういうことになるかな」
「ねえ。でも、わたし、思うのよ」 「梟はねむらないんじゃないかしら、って」
「・・・ねむらない生きものなんて居ないわ」
「そうね、だから梟は片目ずつ交互にねむるのよ」
「ウインクするみたいに?」
「ウインクするみたいに」
「それじゃ梟って、ずいぶん器用なのね」
「貴女だってウインクくらいできるでしょう」
「ウインクはできるけど、そのまま眠ることは多分できないわね」
「寝られる人だっているんじゃない?」
「じゃあ、昼間の梟は半分だけ起きてて」
「もう半分は寝てるのね」
「半分寝ながら、ずっと夢を見ているのかしら」
「梟が?」
「そう、梟が」
「どんな夢?」
「梟は、夢の中でも梟なのかしら」
「鼠になった夢でも見ているのかも」